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2012年4月22日 (日)

ひとり

やっと通知書が到着。

先方から別れを切り出されたのは昨年の大晦日。

合意に至り、判を突いたのは3月3日。

受理されたのが13日の金曜日とは!最後の最後で、元妻は気が効いている。

20120421todoke

入籍したのは平成20年の12月。

3年以上続いたとも言えるし、一日も始まらなかったとも言える。

別居婚だったからだ。

お互いが高校時の同級生。

先方は再婚だったので、2人の子供が居た…下の子が高校生だったので、

仙台でそのまま生活する事を望まれた。

その子も今は成人し、就職も叶ったが、元妻はそのまま暮らし続けることを主張。

「あなたと暮らせるのは、10年先15年先になってもわからない…」と言われた。

「子供と永遠の時間を全うしたい…」母たるものが見がちな悪夢ではある。

震災を経験する事で、その狂気に正当性を見出したのかも知れない。

つまりは、身近な「絆」を繋げる事こそ正しい、と判断したのだろう。

(私が先だって「絆という言葉が嫌いになった…」と言ったのは、こうした事情。)

震災がきっかけではあるが、決して原因では無い。

さて、今回の結末は、ごく一部の方にのみ、既にカミングアウトしている。

「レースの予選でクラッシュした!」とか、

「練炭で殺されないだけマシだ!」とか心無い言葉もいただいたが、

それも真実かも知れない。

しかし大部分の言葉は優しかったし、さらにこの数ヶ月間、

仕事では実に良き人々に囲まれた…これは幸いだった!

孤独に突き落とされた恐怖と憤怒は、振り子の様に定期的に、心を苛む。

でも引き潮の如く、徐々に去来の間隔は永くなり、痛みも薄れつつある。

年初は、感情が昂ぶると強烈な悲しみが襲ってくるので、飲酒が怖かったが、

今は楽しく飲み明かせるようにまで回復しているのだ。

(ダイエットは継続中だけど。)

「離婚するのは辛抱が足りない、再婚するのは学習が足りない…」とは、

年始以降にお仕事で一緒になった方から教わった名言。

ああ!学習が足りないさ!めげずに今一度、生涯のパートナーを探したい。

幸い、というか当然、慰謝料の負担も無いし。

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